Pray for nothing

at "ZENKAI" HOUSE

2018_07_06_07_13

鈴木悠生は、建築を主なモチーフととして活動する写真作家です。

建築をどのように写真によって表象可能か、ということを軸に作品を制作し続けています。

今回は、日本におけるモダニズム建築の巨匠と呼ばれる丹下健三、村野藤吾の建築を中心とした作品を展開いたします。

展示会場を提供していただいた建築家・宮本佳明の「ゼンカイ」ハウスは、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災で全壊認定を受けた自宅を、無理矢理鉄骨を建築内部に通すことで、震災以前、震災以後の建築の記憶を留めつづけております。

現在、「ゼンカイ」ハウスはアトリエとして使われております。

ぜひ、この機会に「ゼンカイ」ハウスにて建築と写真はどのように記録され体験されうるのか、という両者の試みをご覧下さい。


Yu SUZUKI photo exhibition Pray for nothing

Curated by Maaru HIYAMA

07.06.2018-07.13.2018 11:00-18:00 (Last day closed by 17:00)

Walking by 5min from North-Takarazuka station, Imazu Line, Hankyu Railway
Waking by 10min from Takarazuka station, Takarazuka Line, Hankyu Railway
Supported by MIYAMOTO KATSUHIRO & ASSOSIATES

Yu SUZUKI is a photographer and also an artist, his concern is how possible represents about the light and the experience of architecture.

This exhibition performs architectures of Kenzo TANGE and Togo MURANO.

This exhibition avenue is "ZENKAI" HOUSE supported by Katshuhiro MIYAMOTO. It had destroyed Great HANSIN-AWAJI earthquake 17.1.1995. He does not choose replace his house but repair it. So, it called "ZENKAI" HOUSE.

Now, it is used his architecture office.

Please take a look a trial how architecture and photograph is record at "ZENKAI" HOUSE. 

concept

建築物を写真で写すことは、段階的にスケールとマッスを組み替えていく。

フィルムを通じて像を得たとき、スケールとマッスは無に帰す。更にプリントされることで、別のスケールとマッスが生まれる。つまり、建築を実像から虚像へと変化させる行為である。

建築がオブジェクトとして定義されるとき光と影は、内部空間と外部空間を区切りながらも、つなげる役割を持つ。フィルムでそれらの像を得るということは空間に落ちる光、時間を流れる光を捉えることなのだ。


光は祈りの対象でもあった。

正確に述べるなら、祈りの対象は、光という表象を多く使った。なぜならば、直接、光を見ることができない我々の視覚は、光に対して曖昧な概念しか持てないからだ。我々が信じる光というものは、存在を暴くことができない嘘と真実の間を突く存在なのである。


我々は、確かにそこにある手触りや可視性から、不可触・不可視の存在を見つけ出すことで信仰と祈りの対象を産み出してきた。

しかしながら、手触りも無く、スケールも自在に変化できる視覚性を持つ現代の我々において、何が本当に真実として存在しているかを確認する術はない。

我々は、常に、信仰と祈りに対する欲望がありながらも、嘘と真実、実像と虚像の距離を測れないとき、それに突き放される。だから、我々はもはやその間の中にある信じるもののなさ対して祈りを捧げるしかないのだ。

我々が信じる光が手に入れることができるようにと。

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